2012/04/14

眩しかった日のこと、そんな冬の日のこと

ひどく五月蝿い。

声も動きもなく、ただ静かな音楽とたった一行のテキストが流れている。俺はあるはずのないノイズを聞いている。そしてそれに苛立ちを覚えながら、殴るようにクリックしていく。彼女の横顔を横目で眺めた。表情が無くて、俺はそれが哀しくて、また苛立ちを募らせた。

彼女は希望を語らない。彼女は目的を持たない。彼女は自ら選ばない。そうしなければ、哀しすぎるからだ。諦めていたと嘯く彼女が哀しくて、俺はそれを壊したくなった。理不尽が彼女を殺す前に、俺が彼女を壊そう。めちゃくちゃに、禽獣のように。

だが、俺の衝動は届かない。感覚は常に一方通行で、俺は彼女に触れることなどできない。それが悔しくて、マウスを叩く音が大きくなった。

初めの浜辺で彼女は気づく。感情なき問いの中にあった自らの感情に。問いを発してしまってから、だ。そして、自分の認識を肯定してはいけないから口をつぐんだ。

彼女が初めて目的地を指示した。ついに、漏れた。それは決して素晴らしいことでも、喜ぶべきことでもない。どんどん綻んでいく彼女を見るのが怖かった。

雪が降った。彼女の世界には無かったものだ。現実が妄想を超えてしまった。もうそれが妄想をなぞるだけの無価値なものではないと気づいてしまった。たった一個の反例で。

いまさら、だ。でも、少しでもいいから知りたい。「わたし」のものではない、この世界を。

まだ、死にたくない。

起動してからずっと流れていたノイズが、叫び声に変わった。やはり声もテキストもないけれど、はっきりと聞こえ始めた。

彼女が初めて男の子に触れた。記念写真を一緒に撮った。車の運転もやってみた。あんまり上手くできなかったけど、それが嬉しくなってしまっているようだった。目的地に着いて、ナルキッソスを見た。彼女が自分で決めて、達成した初めてのこと。俺はほとんど諦めたようにそれを眺めていた。よかったね、なんて少しも思えなかった。

暗い車内の中。彼女が初めて泣いた。彼女が初めて真っ直ぐにこちらを見た。彼女が初めて現実に叫んだ。自分の弱さを。弱い彼女が自分を護るために抱いていたifを。反論なんてできるわけがない。前向きになれなんて言えるわけがない。そうするしかなかったんだから。何に怒ればいい?誰か教えてくれよ。

俺はこの理不尽を憎む。そんな行為が、彼女にとって何の意味も価値もないことを知りながら。

物語は勝手に進んでいく。俺は引き延ばすためにゆっくりと確かめるように読んでいく。波打ち際で、白石工務店の白いタオルとお気に入りのスカートに身をつつんで、彼女が初めて笑った。

そして、彼女は運命に殺されることを拒み、自分の意思で水の中へ消えた。

ほんの僅かの抵抗だ。方法を選んだに過ぎない。選択肢はとても少なく、結論はどれも同じだ。彼女はやはり運命に殺されたのだ。ただ、彼女は抗った。俺は相変わらず苛立ちながら、確かめるように文字列を眺めていた。

叫び声は消えたが、エコーは今も響いている。それもしばらく経てば消えるのだろう。ふと思い出したようにその声を聞いたとき、俺は初めて泣くのかもしれない。