2012/04/09

御狐神双熾について (『妖狐×僕SS』)

先祖返りである双熾は御狐神家で崇拝されて、彼からすれば単に軟禁されて育った。双熾はそんな環境で経験を伴わない知識ばかりを蓄え、その制限された生活に適応するために感情を鈍化させた。上手く生きるために自分を装い、固定された自分を持たずに相手の望むように偽って生きてきた。

けれど、双熾には自分がないわけではない。それを必死に閉じ込めていただけだ。それをむき出しにて周りと向き合うのは、下手でいたずらに傷を増やすだけの愚かな行為でしかない。小賢しい彼の選択は、とても合理的で要領がいい。

鈍化することで適応した人間がりりちよさまに出会った。彼女は双熾と極めて似た境遇にありながら、彼とは全く違っていた。りりちよさまは不器用に心をむき出しにしたまま彼女の世界と相対していた。敏感に傷つきながらも、弱さを見せないように虚勢を張って。

鈍化することで上手く立ち回った人間が彼女を見た時に、抱く感情は二通りしかない。その愚かしさに強烈な苛立ちを感じ嫌悪するか、あるいはそれに打ちのめされそれを愛おしく思うか、だ。

それを分けるのは、そいつが自分を好きかどうかじゃないか、と思う。双熾は自分を嫌っていた。だから彼女にどうしようもなく惹かれた。彼女は俺が手放した、あるいは持ち得なかったものを持っていたから。それは彼にとっては、とても貴重で、とてもたいせつなものに思えたから。

公園のシーン、りりちよさまから双熾に告白する。怖がって震えながらも、真っ直ぐ立って双熾に自分の思いを伝える。これも双熾には決してできなかったことだ。このとき、双熾は完全に負けた。しかしその一方で、自分がその美しさを何よりも信じているものに肯定された。敗北感と肯定された喜びが混ざって、檻が溶けて箍が外れる。

ここでの「愛してます」が彼がりりちよさまに伝えた初めての、むき出しの、愛の言葉。